教育について

塾で色んな小中学生と話したり
カタリバで多くの高校生と話したりと

私は自分よりも年下の子と話す機会に恵まれています。

それについて、ちょっとだけ昔の話をします。



1年半くらい前の話になるけれど、塾にとてもうるさい小学生のRちゃんという女の子の生徒がいました。
私が担当になったのですが、受け持つ前に基本希薄な関係の上司の先生に「あの子は問題児」って忠告されたくらい。
担当教科は国語。
でも…話をまっっっっっったく聞かないんですね。笑
正確には「勉強の話は聞かない」。
もうずっとマシンガントークで、家族のこととか、動物のこととか、文房具のこととか話してて。
最初は私も新人だったし、ちゃんと勉強教えなきゃって意識があって途方に暮れていたんですけど、
Rちゃんはとてもお絵かきが好きで、よく私に絵や手紙をプレゼントしてくれて、



これとか


これとか笑


もう途中からは諦めて私も絵が好きなのでお絵かきしあっことかしていました。笑

Rちゃんはその方が勉強をやってくれました。





そんなある日、いつもの通りRちゃんが手紙をくれました(もちろん授業中)。
私はそれをもらってすぐ、それがいつもよりも厳重に折りたたまれていることに気がつきました。
しかも表に「わたしのいないところでよんで」と書いてある。

ちゃんと、一度教室からでて一人で読むと、そこにはこんなことが書いてありました。


Rちゃんがいじめられていること
その子のことが本当に嫌いなこと



そして



みんな子供だなあ



と。

私はすぐ教室に戻ってRちゃんとお話をしました。
事情を聞きました。
身体的ないじめはないけれど、体型のことだとか、口調のことだとか、「きもい」と言われるのだそう。


思わず泣きそうになった。


さらに聞くと、両親が離婚しそうなことも話してくれました。お父さんとはすでに別居していて、お母さんとおばあちゃんと暮らしているのだと。
言われてみれば、いつもお迎えに来ているのはおばあちゃんだった。お母さんは働いているんだといいます。


こうも言いました


こんなに話せるのは塾くらいだよ








私の中のRちゃん像が一気に変わりました。

本当はこんなに無邪気で、甘えん坊さんな女の子が

学校でも家でも大人にならなきゃいけないだなんて。


この場所は、Rちゃんが唯一自分自身でいられる場所だったんですね。





近頃いじめがまた話題になってるらしい。
私はハブりにはあったことはあるけど、いじめの当事者になったことはないですが

思うことは





サードプレイスの存在の重要さです。





家でも、学校でもない、第三の居場所。


今の時代、教師も、親も、忙しすぎるんです。

共働きの時代だし

先生方と接していて思いますが、教えること以外の業務があまりにも多い。



あらゆる因果が重なっている、難しい問題です。






だから私は、サードプレイスの大切さを訴えたい。






塾の先生だってサードプレイスになれるんだって思いました。

今やってるカタリバも、そんなサードプレイスになれるといいな。




誰かの安心する場所になれますよう。



そんな自分になれたら。


そんな人が増えたら。





Rちゃんは、そのあと両親が正式にお別れすることになって、東京に引っ越してしまいました。

もう会えないけど、元気かな…。


また会いたいなぁと、思います。